方からやって来たが、大道芸人の顔を見るとにわかに足を急がせた。その様子が変だったので、大道芸人は眼をそばめた。
「おや? 可笑《おか》しいぞ、彼奴《あいつ》そっくりだぞ?」
こう口の中で呟いたかと思うと、彼の側《そば》に蹲居《しゃが》んでいた二十四五の若者へ、顎でしゃくって[#「しゃくって」に傍点]合図をした。
「オイ源公《げんこう》、今のを[#「のを」に傍点]見たか?」
「うん」と云うと若者は、その殺気立った燃えるような眼で、人混の中へ消え去ろうとする娘の姿を見送ったが、「異《ちげ》いねえよ、あの阿魔《あま》だよ」
「だが様子が変わり過ぎるな」
「ナーニ彼奴だ、彼奴に相違ねえ」
「そうさ、俺もそう思う」
「畜生、顔を反けやがった」
「オイ源公、後をつけて見な」
「云うにゃ及ぶだ。見遁せるものか」
で、源公は人波を分け、娘の後を追って行った。
「さあさあ太夫《たゆう》さん一踊り、ご苦労ながら一踊り……※[#歌記号、1−3−28]男達《おとこだて》ならこの釜無《かまなし》の流れ来る水止めて見ろ……ヨイサッサ、ヨイサッサ」
大道芸人が唄い出し、鼬が立っておどりだした。
「おおトン公《こう》か、よく来てくれた」
「爺《とっ》つあん」は嬉しそうにこう云うと、夜具の襟から顔を出した。「爺つあん」は酷く窶《やつ》れていた。ほとんど死にかかっているのであった。
ここは金龍山瓦町《きんりうざんかわらまち》[#ルビの「きんりうざんかわらまち」はママ]の「爺つあん」の住居《すまい》の寝間であった。
「どうだね「爺つあん」? 少しはいいかね?」
トン公は坐って覗き込んだ。
「有難えことには、可《よ》くねえよ」――「爺つあん」はこんな変なことを云った。
「おかしいじゃないか、え「爺つあん」? 可くもねえのに有難えなんて?」
すると「爺つあん」は寂しく笑い、
「うんにゃ、そうでねえ、そうでねえよ。俺らのような悪党が、磔刑にもならず、獄門にもならず、畳の上で死ねるかと思うと、こんな有難えことはねえ」
「へえ、なるほど、そんなものかねえ」トン公はどうやら感心したらしい。「だがね、「爺つあん」俺らにはね、お前が悪党とは思われないんだよ」
「ナーニ俺は大悪党だよ」
「でも「爺つあん」は貧乏人だと見ると、よく恵んでやるじゃないか」
「ああ恵むとも、時々はな。つまりナンダ罪ほろぼしのためさ
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