る。ある夜壺は音楽を奏した。これが勝頼にはこんなように聞こえた。
「天目山《てんもくざん》へ埋めろ! 天目山へ埋めろ!」
さすがの勝頼も気味悪くなり、侍臣《じしん》をして天目山へ埋めさせた。
しかし祟りはそればかりではなかった。
天正《てんしょう》十年三月における、武田と織田との合戦で、勝頼は散々に敗北した。で止むを得ず僅《わずか》の部下と共に天目山へ立籠った。すると、にわかに鳴動が起こり、壺が地中から舞い上り、同時に天地は晦冥《かいめい》となった。
勝頼はその間に切腹し、全く武田家は亡びてしまった。
「と、こういう伝説でございますので。……その後手に入れた綱吉《つなよし》公が、将軍職になりましたし、柳沢侯が出世しましたので、幸福の象徴となりましたが、しかし将軍綱吉侯は――大きな声では云えませんが、奥方の寝室《ねや》の中で暗殺され、つづいて柳沢侯は失脚しました。やはりこの壺はそういう意味から云うと、悪運の壺なのでございます」[#「でございます」」は底本では「でございます」]
29[#「29」は縦中横]
家へ帰って来た延太夫は、早速女房のお錦を呼んだ。
そうして勝家《かつけ》での話しをした。
「恐ろしい壺でございますことね。で、その壺はどうなさいました」
「伯爵様がお壊《こわ》しなされた。別に変事も起らなかった。ところで地図はどうしたえ?」
「壺に附いていた地図ですね。……ええここにございますわ」お錦は手文庫から取り出した。
「こんな物は焼いた方がいい」
延太夫は火をつけた。すると、火熱に暖められた地図の面《おもて》へ文字《もんじ》が浮かんだ。
そこで急いで火を吹き消した。
こう紙面には記されてあった。
「紫錦《しきん》よ、わし[#「わし」に傍点]は「爺《とっ》つあん」だ。これはお前への遺言だ。そうしてお前はわし[#「わし」に傍点]の子だ。わし[#「わし」に傍点]の本名は藤九郎だ。その頃わし[#「わし」に傍点]は悪党だった。わし[#「わし」に傍点]は宝壺を盗み出した。だが、ちっとも幸福ではなかった。その後|釜無《かまなし》の中洲へ埋めた。そこで改めてお前へ云う、お前はわし[#「わし」に傍点]の実の子だと。女房お半の産んだ子だと。その頃わし[#「わし」に傍点]は諏訪にいた。伊丹屋の借家に住んでいた。その時伊丹屋でも女の子を産んだ。そこで俺は考えた。
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