もの、容易ならぬ器でございます」尚古堂は気味悪そうに云った。夜な夜な音を発するのは、焼の加減でございまして、質の密度が夜気の変化で動揺するからでございます。これは不思議でございません。ちょうど茶釜が火に掛けられると、松風の音を立てるのと、全く同じでございます。……が、この壺には世にも怪《あや》しい、一つの伝説がまつわって[#「まつわって」に傍点]居ります。よろしければお話し致しましょう」
「聞きたいものだ、話してくれ」海舟も延太夫も膝を進めた。
「では、お話し致しましょう」
尚古堂は話し出した。
戦国時代の物語である。
甲州には武田家が威を揮《ふる》っていた。その頃金兵衛という商人があった。いわゆる今日のブローカーであった。永禄《えいろく》四年の夏のことであったが、小諸《こもろ》の町へ出ようとして、四阿《あずま》山の峠へ差しかかった。そうして計らずも道に迷った。と、木の陰に四五人の樵夫《きこり》が、何か大声で喚《わめ》いていた。近寄って見ると彼らの中《うち》に、一人の老人が雑っていた。襤褸《ぼろ》を纏った乞食風ではあったが、風貌は高朗《こうろう》と気高かった。その老人がこんなことを云った。
「ここに小さな壺がある。が、普通の壺ではない。摩訶不思議《まかふしぎ》の仙人壺だ。そうして俺は仙人だ、嘘だと思うなら見ているがいい。この壺の中へ飛び込んで見せる」
それから老人は立ち上り、一|丈《じょう》あまりも飛び上った。と、体が細まりくびれ[#「くびれ」に傍点]、煙のように朦朧となり、やがてあたかも尾を引くように、壺の中に入って行った。
「見事々々!」と樵夫どもは、手を叩いて喝采したが、物慾の少ない彼らだったので、そのままそこを立ち去った。
よろこんだのは金兵衛で「こいつを香具師《やし》に売ってやろう。うん、一釜《ひとかま》起こせるかもしれねえ」壺を抱えて山を下った。
さてその晩|旅籠《はたご》へ泊まると、早速怪奇が行なわれた。壺が音楽を奏したのである。金兵衛はとうとう発狂した。旅籠の主人は仰天し、この壺を役人へ手渡した。それを聞いたのが勝頼《かつより》で「面白い壺だ、持って来るがいい」
で、その壺は勝頼の手で大事に保管されることになった。大豪《たいごう》の武田勝頼には、仙人壺も祟《たた》らなかったらしい。いやいや決してそうではなかった。壺は大いに祟ったのであ
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