た頃、家の周囲を忍びやかに、幾人かの者が歩き廻わり、囁き合ったり合図し合ったり、どうやら家の中へ忍び込もうとする、そういう気勢を示すのであった。ある夜の如きは厳重な雨戸が、自然にス――と開いたかと思うと、長い白布がヒラヒラと、生あるもののように入り込んで来て、パッと消滅したりした。突然窓があくこともあった。そうしてそこから袋のような物が、ヒョイと「顔」を覗かせたりした。そうかと思うと若い女の声で「経」を読むのが聞こえたりした。もっともその「経」は意味の解らない、呪文のようなものであったけれど……
 第二の場合はこうであった。
 ある夜一式小一郎は、お茶の水の辺を歩いていた。と突然七、八人の武士が、お誂え通りの黒装束で、木蔭からムラムラと現われたかと思うと、刀を抜き連れて切ってかかった。何者? と訊いたが答えがない。止むを得ず小一郎も刀を抜き、峯打ちに二、三人叩き倒した。と、若々しい女の声で「妾にお任せよ」というのが聞こえ、それと同時に長い白布が、ヒラヒラと小一郎の方へ延びて来た。と思った瞬間に、小一郎はポッと気が遠くなり、グッタリ地上へ倒れてしまった。それからどうやら武士達は、小一郎の
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