「いかなるお方でございますかな?」
「秘密を握っている方さ」
「何んの秘密でございましょう?」どうにも柵頼格之進には、妙子の云うことが解らないらしい。
「妾の秘密を握っている方さ! そうして妾の競争相手の、冷泉華子さんの秘密もね」
「そのお方のご身分は?」
「偉い方だよ、力を持った方さ」
「ご姓名は?」
「うるさいねえ!」
「は」と格之進は引っ込んだ。
「こんな場合にあのお方に、出現されてはたまらない[#「たまらない」に傍点]! 何も彼もみんな駄目になる」譫言《うわごと》のように呟いたが、「ナーニそうなりゃア怨《うら》み恋《こい》なしだ! 妾ばかりが困るのではない、華子さんだって困るのだ。諦めなければならないかもしれない」
 尚も海上を眺めやった。
 だが、海上には何んにもない。風の凪《な》いだ海は、穏かで、事実人魚というようなものが、ほんとに海の中に住んでいるなら、波に浮かび出て美しい声で、歌でもうたいそうにさえ思われる。
 クルリと方角《むき》を変えた北王子妙子は、駕籠の傍まで引っ返したが、
「案じていたところで仕方がない。やるところまでやるとしよう」駕籠へはいると声をかけた。

前へ 次へ
全229ページ中167ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング