「たった一度だけ耳にした娘の声を手頼《たよ》りにして、声の主を探しに行くのだからなあ」
長閑《のどか》にボツボツ歩いて行く。
五
川崎の宿まで来た時である。
「お武家様え、お馬に召しませ」可愛らしい娘の声がした。
振り返った一式小一郎、見れば駄賃馬の手綱を取り、女馬子が立っていた。
「さようさな、乗ってもよい」
「これは有難う存じます。どこまでお供いたしましょう」
「そうさなあ、どこへ行こう」
「どこへでもお供いたします」
「さあてどこへ行ったものか、これ女馬子、どこへ行ったらよいな?」
「ホ、ホ、ホ、ホ」と笑ったが、「京大坂などいかさまのもので」
「ちと遠いな」と小一郎はこれも笑いながら考えたが、「これ女馬子、聞きたいことがある。土地高燥で半島で、木が茂っていて大きな池がある、そういう土地はあるまいかな?」
すると女馬子はどうしたものか、チラリとその眼を険しくしたが、すぐに、表情を取り返した。
「三浦三崎の関宿《せきやど》など、似つかわしいように存ぜられます」
「ああなるほど、そこがよかろう。では関宿へやってくれ」
小一郎はヒラリと馬へ乗った。ドー、ドー
前へ
次へ
全229ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング