である。その右手に建物がある。
「まず植え込みへ隠れよう」こう云ったのは弁天松代。
「合点」と六人は頷いた。
で七人が潜行し、素早く植え込みへ身を隠した時、ザ――ッ、ザ――ッとさっきから、響を立てていた滝の音が近増《ちかま》さったのか、高く聞こえ、何んとなく凄く感じられたが、その滝の鳴る方角から、肩に月光を浴びながら、一人の武士が小走って来た。右手の建物へ行くのらしい。
それと見て取った弁天松代は「オイ」とまたもや囁いた。「侍が一人やって来る。館の住人の一人だろう。二、三人同時に飛び出して行き、有無を云わせず引っ捕え、ここへしょび[#「しょび」に傍点]いて来るがいい。桔梗様の居場所を聞いてやろう。が、いいかい間違っても、音を上げさせちゃアいけないぜ」
「おっとよい来た」と答えたのは、小頭の蛭子《えびす》三郎次である。
「それじゃア俺《おい》らも手を貸そう」こう云ったのは大黒の次郎。
「面白いの、俺も行く」こう云ったのは布袋《ほてい》の市若で、前髪立ちの美男子だ。
三十八
それとも感付かぬその侍は、植え込みの前を行き過ぎた。
とたんに飛び出した布袋の市若は、敏捷さながら猟犬のように、背後からパッと飛び付いた。同時に左腕を鈎に曲げ、侍の首へ捲き付けたのは、声を上げさせないためなのだろう。
「うまいぞ市若!」と大黒の次郎は、つづいて颯と飛び出すと、小手を揮って眼潰しだ、侍の眼の辺をひっ叩《ぱた》いた。
で、侍はひとたまりもなく、捕虜にされたかと思ったら、結果はむしろ反対であった。布袋の市若がドッサリと、まず地上に投げ付けられ、つづいて大黒が蹴仆された。非常に武道の達者らしい。だがこの侍は何者であろう?
他でもない南部集五郎で、一刀流では達人である。七福神組が怪盗でもまた行動が敏捷でも、なんのそれらにムザムザと、捕えられるようなヤクザではない。ともすると一式小一郎と、互角に勝負をするほどの、腕に覚えのある人物であった。
垢離部屋に滝の水が一杯に充ち、一式小一郎が完全に、その水に溺れて見えなくなったのを、今や充分確かめて、それを冷泉華子の耳へ、入れてやろうと崖から下り、ここまで小走って来たところであった。
「これ、誰だ!」と集五郎は、一喝声を浴びせかけた。それからグルリと見廻わして見た。不思議なことには誰もいない。たしかに二人の人間を、投げ出し蹴仆した筈であるが、どうしたものか姿が見えない。
これは見えないのが当然であった。七福神の連中と来ては、動作の素早さ身の軽さ、驚くべきものがあるのであった。で、布袋と大黒だが、投げられ蹴仆された一瞬に弾んだ毬のように刎ね上がり、刎ね上がった時には横へ反《そ》れ、闇を領して繁っている、楓の植え込みの真ん中へ、飛び込んで姿を眩ませたのである。
「可笑《おか》しいなあ」と集五郎は、刀の柄へ手を掛けながら、油断なく前後を睨め廻わしたが、自然と気配が感じられたのだろう。楓の植え込みへ眼をつけた。じっと見込んだが愕然とした。異風をした六、七人の人間が、地上に腹這い鎌首を立て、こちらを狙っている姿が、闇を一層闇にして、黒々と浮かんで見えたからである。
そこで集五郎は大音を上げた。「やあ方々お出合いなされ! 我らの秘密の道場へ、またも何者か忍び入ってござる! しかも今回は一人ではない、六、七人はおりましょう! いずれも異風の怪しい連中! 討ち取りなされ! 討ち取りなされ!」刀を引き抜くと「出ろ汝《おのれ》ら!」
ガラガラガラ! と戸を開ける音や、バタバタバタ! と走り出る音が、四方八方で聞こえたが、人影がムラムラと集まって来た。すなわち幾個《いくつ》かの建物に、閉じこもっていた武士どもが、南部集五郎の声に応じ、得物得物をひっさげて、楓の植え込みを包囲するように、一度に集まって来たのである。
「やあ方々!」と南部集五郎は云った。「曲者はそこだ、植え込みの中だ! 押し包んで一気に乱刃に、討ち取りなされ、討ち取りなされ!」
「心得てござる!」
と十五、六人は、抜いた白刃を「突き」に構え、植え込みの中へ突き行った。
「おっどうした!」「これは不思議!」「いないではないか!」
「一人もいない!」
まさしく楓の植え込みの中には、人の子一人いなかった。
駈け引き自在の七福神組達、形勢非なりと見て取るや例の神速の行動で、七人七方へバラバラと、潜行してしまったに相違ない。
正しくそれに相違なかった。
次の瞬間にあちこち[#「あちこち」に傍点]から、喚声と悲鳴とが聞こえて来た。
「ここに曲者! ……一人目付けた!」
築山の方からの声である。
「何を!」と凄い突っ刎ねる声、「斃《くた》ばりやアがれーッ」ともう一声!
つづいて「ワッ」という恐ろしい悲鳴!
七福神組の一人が、一ツ橋家
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