作、等、等、等、といったようなものでね。いや実際人間などより、どんなにか昆虫の生活の方が、正しくて平等だか知れませんよ」
学者らしい淡々とした口調である。
向かい合って椅子へ腰をかけ、聞いているのは一式小一郎で、その顔付きは熱心である。
十八
「だがご主人」と小一郎は、躊躇しながらも訊いてみた。「世間の噂によりますと、永生の蝶とかいう不思議な蝶が、この昆虫館にはありますそうで、どういう蝶なのでございましょう?」
するとにわかに昆虫館主人は、いくらか憂鬱な顔をしたが、「結局私にも解らないのです」
「ははあ」と云ったが一式小一郎は、ちょっと物足りない思いがした。
「雄と雌との二匹がいて、二つを交尾《つが》えて子を産ませた時、莫大な財宝を得られるという、伝説的の蝶だそうで?」
「あれは絶対に子を産みませんよ」どうしたものか昆虫館主人は、こうにべもなく云ったものである。
「人工的蝶でございますからな」
「ははあなるほど、人工的なもので?」
「だがやっぱり生きてはいます」
これは小一郎には解らなかった。
「では人間の力をもって、生命というものは作れますもので?」
「さあそいつ[#「そいつ」に傍点]も解らない」主人はいよいよ憂鬱になったが、「とにかくあの蝶は人工的のもので、非常な大昔に作られたものです。しかしやっぱり活きてはいます。だが絶対に子は産みません。しかしひょっとか[#「ひょっとか」に傍点]すると[#「しかしひょっとか[#「ひょっとか」に傍点]すると」は底本では「しかしひょっ[#「かしひょっ」に傍点]とかすると」]産むかもしれない。それとて普通に云われている、子というものとは違いますなあ。千古の秘密は持っています。だがその謎は解けませんよ。私にさえ解けなかった謎ですからな。しかも不覚にもこの私は、雄蝶の方を逃がしてしまいました」
「ああその雄蝶をお探しになるため、小梅田圃などへ参られましたので。……それにしてもあの時お声だけ聞こえて、お姿の見えなかったのはどうしたのでしょう?」
「藪の中にはいっていたからですよ」
こう聞いてみれば何んでもなかった。むしろ飽気《あっけ》ないくらいである。
しばらく部屋の中はしずかである。働きながら唄っているらしい、昆虫館住民の歌声が、窓を通して聞こえて来る。平和と喜びの歌声である。
と、不意に昆虫館主人は
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