な単純な斑紋を持った、一個《ひとつ》の蝶の模様である。絵と云った方がよいかも知れない。
長椅子にゆったり腰かけながら、話しているのは昆虫館主人で、鵞ペンを指先で弄んでいる。大分機嫌がいいらしい。
「……あなたは全くいい人だ。あなたのような人物なら、決して私は苦情は云わない。いつまでも昆虫館においでください。……だが恐らくあなたとしては、さぞ不思議に思われましょうな。私のこういう生活と、そうしてここの社会とが。……第一住んでいる人間が、私と桔梗とを抜かしてしまえば、全部が全部|不具者《かたわもの》というのが、不思議に思われるに相違ありますまいな。だがこれとて何んでもないことで、由来不具者というものは、その肉体が不具《かたわ》だけに、心も不具だと思われていますが、これはとんでもない間違いなので、本当のところは正反対ですよ。肉体が不具であるだけに、心の中にひけめ[#「ひけめ」に傍点]があり、傲慢にならずに謙遜になります。人を憎まず、愛されようとします。ところが一般世間なるものは、そういう心持ちを理解せずに、肉体が不具だという点で、その不具者を軽蔑しますね。これが非常によくないことで、これあるがために不具者達は、僻み心を起こすのです。だから私としてはこういうことが云えます。健全な肉体の持ち主こそ、かえって心は不具者で、不具な肉体の持ち主こそ、その心は健全であるとね。そこで私は考えたのです。不具者ばかりを寄せ集め、一つの独立した社会を作ろう、そうしてそういう人達に、思う存分働いて貰い、私の研究をつづけて行こう。……と、こんなようにお話ししたら、この昆虫館の組織なるものが、奇もない変もない合理的なものだと、きっとあなただって思われるでしょうな。そうしてそれはそうなのですよ。……さてところで私の研究ですが、これとて何んでもありゃアしません。私の好きなは昆虫なので、その昆虫の生活状態を、科学的に徹底的に研究してみよう、そうしてその結果法則を見出し、それが人生に必要なものなら、早速人生に応用してみよう。――と云うぐらいなものなのでね。……この試みは成功でした。蜂と蟻との集団生活、この二つを知ることによって、理想的人間の生活の、法則を知ることが出来ましたよ。で、その中あなたへも、お話ししようとは思っていますが、一口に云えばこうなるようです。王への忠誠、公平の労働、完全の分業、協同的動
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