、わずか一間の間隔を置き、その武士の穿いている野袴の裾が、風に煽られて靡いている。蹄の聞こえる方角を、じっと眺めているようである。もしその武士が振り返り、大岩の蔭へ眼を落としたら、一式小一郎と君江の姿を、見て取ることが出来ただろう。
「平林平林、何をしている。さあさあ早く追っかけよう」大岩の向こうから声がした。一ツ橋の武士達が、そこに五、六人いるようであった。
「むやみと追っかけても仕方がない」岩の上の武士が云い返した。「それに俺には不思議でならない。蹄の音が軽すぎるよ。人間を背にして走っている、馬の足音とは思われない」
「うむ、なるほど、そうだなあ」岩の向こう側からの声である。「ちょっとこいつは可笑《おか》しいぞ」
するともう一人の声がした。
「馬だけ放して小一郎奴は、どこかに隠れているのではないかな」
つづいてもう一人の声がした、「オイこの地面を見るがいい。草があちこち千切れている。どうやら馬が食い千切ったようだ」
「ではこの辺で小一郎奴は、馬を休ませたに相違ない」岩の上の武士の声である。「それから馬だけ放したかもしれない……。ひょっとかするとこの辺に、小一郎奴は隠れているかも知れない」
「ではともかくも探してみよう」岩の向こうからの声である。
「よかろう」という声が同時にした。と、大岩をゆるゆると、こっちへ巡って来る足音がした。
五十
「もういけない」と小一郎は、覚悟の臍《ほぞ》を固めたが、俺一人なら飛び出して、切り死にしても構わないが、君江という娘が附いている、優しい忠実な娘である、一緒に死なしては相済まない、――そこで一式小一郎は、逸《はや》る心を押し沈め、目付けられて声を掛けられるまでは、隠れていよう隠れていよう……そこで一層大岩へ、ピッシリ体を押しつけて、尚も様子をうかがった。この時またもや頭上にあたって、数人の人の声がした。つづいて馳せ下る音がした。一直線に大岩の方へ、走り下って来るようである。
華子の乗った山駕籠を守り、一ツ橋の武士達が、四、五人下って来るのであった。
こうして小一郎と君江とは、腹背に敵を受けてしまった。
目付けられるに相違ない。目付けられたら切り合いになろう。相手は三十余人もある。小一郎は一人である。足手纒いの君江もいる。勝敗の数は知れている。剣侠一式小一郎も、命を落とさなければならないだろう。
だ
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