たのであった。
それから小一郎はどうしたか?
乱闘の場を辛く遁がれ、自分の屋敷へ帰ったのであった。もっとも修羅場を遁がれ出る時、彼はこういう叫び声を聞いた。
「桔梗様を山尼《やまあま》が攫って行く!」と。
屋敷へ帰った小一郎が、傷付いた体を養いながら、山尼なるものの性質と、その居場所とを調べたことは、云うまでもないことであったが、知ることは出来なかった。
ただし一旦家を出て、隅田のご前をお訪ねした時、計らずもそれを知ることが出来た。
四十七
隅田のご前がこう云ったからである。
「桔梗を山尼が連れて行ったそうだの。いや一切知っておる弁天の松代が話してくれた。いやいや少しも心配はない。桔梗はむしろ安全だろう。と云って捨てては置かれない。……夫婦の間の憎悪《にくしみ》は、恐ろしい結果を呼ぶものだからの……一番不幸なのは昆虫館主さ……が、まあまあそれはよい。この俺が処置をつけてやる。……どっちみち桔梗だけは安全だよ。……と云ってお前の身になってみれば、安心してはおられまい。山尼の何者かを知りたかろう。では簡単に話してやろう。山岳|行脚《あんぎゃ》の尼僧の群だ。と云って尋常な尼僧ではない。一種特別の放浪者だ。不思議な業さえ心得ている。兇暴な性質も持っている。……ところで居場所だが解らない。天幕生活をしているのでな。もっとも大略《おおよそ》の見当はつく。秩父山中の桐窪にいよう。……これ以上は教えられない」
そこで一式小一郎は、それだけの言葉を手頼りにして、桔梗様を探しに出て来たのであった。
手綱を引いて君江が行く。馬に揺られて小一郎が行く。懸巣《かけす》が林で啼いている。野の草が風に靡いている。
二人は旅をつづけて行く。
はたして一式小一郎は、山尼の居場所を突き止めて、ふたたび恋人の桔梗様を、取り返すことが出来るだろうか?
一つの森が現われた。と、その森の向こう側から、大勢の人声が聞こえて来た。
「はてな?」と耳を傾《かし》げた時には、風の吹き具合が変わったのだろう、もう話し声は聞こえなかった。それにも拘らず小一郎は、非常に不安の様子を見せた。話し声に聞き覚えがあったからである。
「とは云えまさか[#「まさか」に傍点]あの連中が」口の中で呟いた。「ナーニこの俺の聞き違いだろう」
いやいやそれは聞き違いではなかった。小一郎にとっては恐ろし
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