わり間違うと、それこそ本当に腥《なまぐさ》い、死山血河の大修羅場が、演ぜられることになるだろうよ。いやそうなったらお前達が力だ、思い切って腕を揮ってくれ」
「かしこまりましてございます」こう云ったのは松代である。道行《みちゆき》を着てその裾から、甲斐絹の甲掛《こうがけ》を見せている。武家の娘の旅姿で、歩き方なども上品にしている。「ご前のおためでございましたら、どのようなことでもいたします」充分謹んだ言葉つきである。
「ご前という言葉はよくないなあ。お爺さんとでも呼ぶがいい。人目を避けての旅だからな」
「はいはいそれではお爺さん」
「それがよろしい、さて娘や」
こんな具合に話して行く。
こうして一同|関宿《せきやど》まで行き、それから森林を分け上り、昆虫館まで行くのであろうが、この頃小一郎と君江とは、例の秩父の中腹を、上へ上へと辿っていた。
「例によりましてあなたの位置は、お気の毒様でございますなあ」こう云ったのは小一郎である。
それに答えて君江が云う。「大してそうでもございません」
馬の足掻《あが》きがパカパカと聞こえ、そうして鈴の音がシャンシャンと鳴る。
少し秋めいた夏の陽が濃緑の葉を明かるめている。人通りがないので寂しいが、それだけに長閑と云ってもよい。
「そうではないとおっしゃっても、やっぱりそんなようでございますよ」小一郎の調子は軽かったが、それは努めての軽さであり、本当の心持ちは重いのである。「桔梗様を目付けに行きますので」
「はいはいさようでございますとも」君江の調子も軽かった。そうしてこれは雑《まざ》り気《け》のない、心からの本当の軽さらしい。「桔梗様を目付けに行きますので。そうして是非とも桔梗様を、お見付けしなければなりません」
「だが」と小一郎は気の毒そうに、「いよいよ桔梗様が目付かったとして、どうなりましょうな、あなたの位置は?」
「何んの変わりがありましょう。おんなじ位置でございますよ」君江は少しも動じようとしない。そんなようにこだわらず[#「こだわらず」に傍点]に云うのであった。
「さあはたしてそうでしょうか?」小一郎の方が心配そうである。「変わるだろうと思いますよ」
「何んの変わりがありましょう」君江には自信があるようである。「妾《わたし》の心が変わりませんもの」
「そういう私の心持ちも、昔と変わっていませんので。と云うのは昔から
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