のでござりましょう、それと同時に他の水夫共は隣室へ立ち去って了いました。後には私と年長の水夫ばかりが室に残ったのでござります。
「いざ先ず夫れへお掛け下されい」年長の水夫は斯う云い乍ら一つの椅子を進めましたので、私は黙って腰掛けました。
 すると、覆面のその水夫は、私の腰間の両刀へ、屹《きっ》と両眼を注ぎましたが、
「失礼ながら其両刀、天晴業物でござりましょうな?」と、意外な事を訊いたものです。
「双方共彦四郎貞宗の作、日本刀での名刀でござる」
「如何でござろう、その名刀を、お揮い下さることはなりますまいかな?」――「是は又異なお頼み……なれども夫れだけの仔細ござらば、お頼みに応ぜぬものでもござらぬ。……抑《そも》、相手は何者でござるな?」――「国を奪い、人民を虐げる大悪人でござります」――「ウム、そのような悪人なりや、討ち果たすに異存はござらぬが……して其大虐無道の相手は、今、何処に居られまするな?」――「船底に閉じ込めてござります」――「何、此船の底にとな? これはこれは思いも依らぬ。然らば拙者の手を籍《か》らずとも、諸君方多数の手に依って討ち果たすこと出来ましょうに……」――「い
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