じ》けのうござる忝けのうござる」
 つと[#「つと」に傍点]卜翁は立ち上り奥の部屋へ引っ込んだ。
 鹿十郎も立ち上り玄関から裏の方へ廻って行った。
 離れ座敷をグルリと囲繞《とりま》き真黒に捕方が集まっている。しかも座敷の中からは三味線が長閑《のどか》に聞こえてくる。
 と、主屋から飛石づたいに卜翁の姿が現われた。
 卜翁は雨戸をトントンと打つ。
「お菊、俺《わし》じゃ、雨戸をあけい」
 三味線の音が急に止み、サラサラと衣擦れの音がした。と、雨戸が静かに引かれ颯と燈火《ひかり》が庭へ射した。
 つと[#「つと」に傍点]卜翁は中へ入る。ふたたび雨戸は中からとざされ、そのまま寂然と静かになった。
 本條鹿十郎は聞耳を立て家内の様子を窺ったが何の物音も聞こえない。
「はてな」と小首を傾けた。
 その時、突然、家の中から、「あっ!」という女の悲鳴、つづいてドンと重い物が畳へ落ちる音がした。
「しまった!」と鹿十郎が呻いた時、雨戸が中からあけられた。
 そこへ立ったは卜翁である。
「本條氏、本條氏!」
「はっ」と云って鹿十郎、ツツ――と前へ進み出た。
「因果を含め観念させ、自首させようと致しまし
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