「なに逃がした? 逃がしたと仰有《おっしゃ》るか? 怠慢至極ではござらぬかな」
 志摩卜翁は嘲るように白髯を撫しながら云うのであった。
「しかし」と鹿十郎は自信あり気に、
「海賊船こそ取り逃がしましたが、主立った海賊を二三人召捕りましてござりますれば、そやつ等を窮命致しましたなら自ら行衛は知れましょう。この点ご心配には及びませぬ」
「左様か」と卜翁は素気なく、
「して拙宅を訪ねられたは何かご用のござってかな?」
「左様」と鹿十郎は云ったものの、どうやらその後を云いにくそうに暫くじっ[#「じっ」に傍点]と俯向いていたが、
「卒爾《そつじ》のお尋ねではござりますが、もしやお屋敷の召使中にお菊と宣るものござりましょうか?」
「お菊? お菊? いかにも居ります」
「実は」と鹿十郎は膝を進め、
「召捕りましたる海賊の口より確《しか》と聞きましたる所によれば、その女子こそ海賊船の頭領《かしら》とのことにござります」
「ははあなるほど。左様でござるかな」
 卜翁はいかにも平然と、
「それで訪ねてまいられたか?」
「はい追い込んで参りました」
「お菊は拙者の妾《めかけ》でござる」
「ははあ左様でご
前へ 次へ
全37ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング