」
「なに逃がした? 逃がしたと仰有《おっしゃ》るか? 怠慢至極ではござらぬかな」
志摩卜翁は嘲るように白髯を撫しながら云うのであった。
「しかし」と鹿十郎は自信あり気に、
「海賊船こそ取り逃がしましたが、主立った海賊を二三人召捕りましてござりますれば、そやつ等を窮命致しましたなら自ら行衛は知れましょう。この点ご心配には及びませぬ」
「左様か」と卜翁は素気なく、
「して拙宅を訪ねられたは何かご用のござってかな?」
「左様」と鹿十郎は云ったものの、どうやらその後を云いにくそうに暫くじっ[#「じっ」に傍点]と俯向いていたが、
「卒爾《そつじ》のお尋ねではござりますが、もしやお屋敷の召使中にお菊と宣るものござりましょうか?」
「お菊? お菊? いかにも居ります」
「実は」と鹿十郎は膝を進め、
「召捕りましたる海賊の口より確《しか》と聞きましたる所によれば、その女子こそ海賊船の頭領《かしら》とのことにござります」
「ははあなるほど。左様でござるかな」
卜翁はいかにも平然と、
「それで訪ねてまいられたか?」
「はい追い込んで参りました」
「お菊は拙者の妾《めかけ》でござる」
「ははあ左様でござりますか」
今度はかえって鹿十郎の方が一向平気でこう云った。
毛剃丸の行方
「追い込んで参ったというからには、いずれ屋敷の四方八方、捕方を配したでござろうな?」
探るように卜翁は訊く。
「仰せの通りにござります。はなはだ失礼とは存じましたが、お庭内まで乱入致し、離れ座敷の出入口まで人を配りましてござります」
「や、それこそお手柄でござった。お菊はあそこに居るのでござるよ」
「ははあ左様でござりますか」
「ところで」と卜翁は形を改め、
「お菊は拙者の妾でござる。日頃不愍をかけた女。お手前達の手籠めに逢い縄目の恥辱蒙るのをただ黙って見ているのもはなはだ愍然と存ずるについては、拙者より直々因果を含め、宣《なの》り出るよう致させましょうがこの儀何と覚し召すな」
「さあ」と云って苦い顔をする。
「卜翁をご信用なされぬそうな」
「なかなかもって左様なこと。……」
「拙者昔は町奉行でござった」
「よく存じて居ります」
「しからばご信用下されい」
「…………」
「厭と申されるか」と叱咤する。
「しからば宜しく」と鹿十郎は云った。無論止むを得ず、云ったのである。
「おおお任せ下さるとな。忝《かた
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