屋は昔は抜け荷買いだ、異国の珍器なども持っていよう。刑部屋敷の主人といえば、そういう品物を売買する奴だ……松倉屋の女房は贅沢三昧で、むやみと金を使うという。……うむ、解った! それに違いない!)
碩寿翁には咄嗟に真相が解った。
俄然碩寿翁の眼の光が、貴人などにはあるまじいほどに、毒々しく惨酷に輝いたが、
「さようか、よろしい、受け取りましょう。返辞もあげよう、物もあげよう。……さあさあこっちへ参るがよい。どれ」と、手を延ばして二品を取ったが、とたんに片手をグッと突き出した。
呻きの声の聞こえたのは、急所を突かれた手代の京助が、倒れながら呻いたからであろう。
左右は貧民の家々であって、露路を挟んで立ち並んでいる。月の光が遮られて、露路の中はほとんど闇であった。そういう露路を背後《うしろ》にして、露路口に立っている碩寿翁の姿は、その長い髯に、頑丈な肩に、秀れた上身長《うわぜい》に、老将軍らしい顔に、青白い月光を真っ向に浴びて、茶人とか好奇家《こうずか》とか大名の隠居とか、そういうおおらか[#「おおらか」に傍点]の人物とは見えずに、老吸血鬼か殺人狂のように見えた。その足もとに転がって
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