ところの、無数の木箱が置かれてあって、中に入れてある古道具類を、硝子越しに見ることが出来た。
 構造と云ってもこれだけなのであった。
 しかし日本のこの時代においては、硝子というものが尊く珍らしく、容易に入手することが出来ない。その硝子を無数に使っているのである。変にも奇にも見えたことであろう。その上に壁の合間などに、波斯《ペルシャ》織りだの亜剌比亜《アラビア》織りだのの、高価らしい華麗な壁掛けなどが、現代の眼から見る時には、ペンキ画ぐらいしかの値打《かち》しかない――しかし享保の昔にあっては、谷《きわ》めて高雅に思われるところの、油絵の金縁の額などと一緒に、物々しくかけられてあるのであるから、見る人の眼を奪うには足りた。のみならず高い天井などからは、瓔珞《ようらく》を垂らした南京龕《ナンキンずし》などが、これも物々しく下げられてあるので、見る人の眼を奪うには足りた。で、日中であろうものなら、硝子窓から射して来る日光《ひかり》が、蒐集棚の硝子にあたり、蒐集木箱の硝子にあたり、五彩の虹のような光を放ち、それらの奥所《おくど》に置かれてあるところの、古い異国の神像や、耳環や木乃伊《ミイラ》や椰子の実や、土耳古《トルコ》製らしい偃月刀《えんげつとう》や、亜剌比亜人の巻くターバンの片《きれ》や、中身のなくなっている酒の瓶や、刺繍した靴や木彫りの面や、紅、青、紫の宝玉類を、異様に美々しく装飾し、もしそれが夜であろうものなら、南京龕に燈《とも》された火が、やはり硝子や異国の器具類を、これは神秘的に色彩るのであった。
 しかしこれらの部屋の構造も、そこに置かれてある異国の古道具も、今日の眼から見る時には、安物でなければ贋物なのであって、誠に価値のある物といえば、皆無と云ってもよいほどであった。いやもっと率直に云えば、享保年間のその時代においても、少し利口な人間であり、長崎などと往来し、紅毛人などと親しくし、多少商才のある人間であったから、こういう部屋の構造や、こういう異国の古道具などは、造ることも出来れば蒐《あつ》めることも出来、したがって高価に売りつけることも、苦心もせずに出来るのであった。だがもしそれが反対となって、異国の事情を知らない者などが、この部屋へ入って来ようものなら、何から何までが怪奇に見え、高雅に見えることであろう。
 とまれこういう部屋を持った、刑部屋敷という一軒の家《うち》が、その左隣りに没落をして、廃墟めいた姿をさらしている、勘解由千賀子の屋敷を持ち、周囲に貧民の家々を持って、かなり豪奢に立っているのであった。
 ところで当主の刑部という男は、そもそもどんな人物なのであろう。
 年は六十で痩せていて、狡猾尊大な風貌をしていて、道服めいた着物を着ていて、手に払子《ほっす》めいたたたき[#「たたき」に傍点]を持ち、絶えず口の中で何かを呟き、隙のない眼でジロジロ見廻す。――と云ったような人物であった。
 しかし刑部はめったのことには、蒐集室へは現われなかった。いつも奥の部屋にいるのであった。とはいえ見張ってはいるものと見えて、いかがわしい客などが入り込んで来ると、扉をあけてチョロチョロと入って来て、払子を揮って追い出したりした。
 宝石や貴金属の鑑定には、名人だという噂があり、贓品《ぞうひん》などをも秘密に買って、秘密に売るという噂もあった。で、大家の若旦那とか、ないしは富豪の妻妾などが、こっそり金の用途があって、まとまった金の欲しい時には、そうした宝石や貴金属を、ひそかにここへ持ち込んで来て、買い取って貰うということである。と、それとは反対に、掘り出し物の宝玉とか、貴金属などの欲しい者は、これはおおっぴらにここへ来て、蒐集室で探したり、直接刑部にぶつかったりして、手中に入れると噂されてもいた。
 松平碩寿翁と醍醐弦四郎とが、この日蒐集室へ集まって、互いに相手を探るような話を、さっきから曖昧に取りかわせていたのも、宝石かないしは貴金属か、掘り出し物をしようとして、苦心している結果とみなすことが出来る。

曖昧な会話

「それでは松平碩寿翁様で。……が、それにしてはこのような、醜悪極まる勘解由店《かげゆだな》の、刑部《おさかべ》屋敷などへおいでなさるとは、心得ぬ儀にござりますな」
 こう云って醍醐弦四郎は、碩寿翁の返辞をしばらく待った。
 何と碩寿翁は答えるであろうか?
 答えは極めて簡単であった。
「私はな、珍器や古器物が好きだ。世間周知のことではないか、何の勘解由店の刑部屋敷が、醜悪極まる処であろう。すくなくも私《わし》にはよい所だ。ここへ来て探すと珍らしい物が、ヒョッコリヒョッコリと手に入るからの。……それはそうとお手前におかれても、身分ある立派なお武家らしいが、お手前こそ何の用事があって、このような処へ参られたかの? 
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