なる山間の住民などではなく、由緒ある人間だということに、感付くことが出来たであろう。
 と、老樵夫は意味ありそうに笑った。
「ハッハッハッ、異《ちが》いますよ」
「異う? そうか、この道ではないのか」
「へいへいこの道ではございません」
「しかしこの道が広いようだが。お城下へ通っている道とすれば、この道以外にはなさそうだが」
 すると老樵夫はまた笑ったが、意味ありそうに次のように云った。
「尊いお文《ふみ》にございます。天国への道は細く嶮しく、地獄への道は広うござるとな。――それ、この一番狭い道が、あなた様の道でございますよ」
(何だか風変わりのことを云う爺だ。まるでお説教でもしているようだ)
 茅野雄は笑止に思いはしたが、
「ほほうさようか、この細い道か。この道を真直ぐに辿って行けば、高山のお城下へ出られるのだな」
 しかし老樵夫は同じような事を、慇懃《ねんごろ》に繰り返すばかりであった。
「それ、この一番狭い道が、あなた様の道でございますよ」
「そうか」と、茅野雄は会釈をした。
「お前に訊ねてよいことをした。お前へ道を訊かなかろうものなら、すんでに別の道へ行くところだった。ではこの道から参ることにしよう」
 で、茅野雄は歩き出したが、すぐに丈《たけ》延びた雑草に蔽われ、その姿が見えなくなった。と、老樵夫は茅野雄の行った後を、意味ありそうに見送ったが、
「武道も学問もおありなさる、立派なお武家に相違なさそうだ。……郷民《ごうみん》たちは喜ぶだろう。……きっと歓迎するだろう。……が、云ってみれば人身御供《ひとみごくう》さ。お武家様にはご迷惑かもしれない。……とはいえ俺達にとって見ればなあ」
 こう呟きの声を洩らした。
 夏の日が熱く照っていて、ムッとするような草いきれがした。と、一匹の青大将が、草むらから姿を現わしたが、老樵夫を見ても逃げようとはせず、道を横切って姿を消した。
「どれ、そろそろ行くとしようか」
 で、老樵夫は歩き出したが、ものの二間とは行かなかったろう、旅装いをした五人の武士が、茅野雄の上って来た同じ道から、上って来るのに邂逅《いきあ》った。
「これこれ」と、一人の武士が云った。
「ちょっと物を訊《たず》ねたい」
 猟夫《さつお》の使う半弓を持った、それは醍醐弦四郎であったが、さも横柄に言葉をつづけた。
「旅の侍が通ったはずだ。ここに三本の道がある。
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