ので、馳《は》せ参った次第にござります」
「そうか」と、それを聞くと醍醐弦四郎は、大きく一つ頷いて見せたが、
「すぐ俺も出立しよう」
「は、ご出立? でどちらへ?」
「云うまでもない、丹生川平へよ」
「茅野雄の後を追いましてな」
「素晴らしい何かを求めてだよ」
「で、我々一党の者は?」
「出立々々、同時に出立!」
「かしこまりましてございます」
――で、二人は引っ返したが、この頃松平碩寿翁においては、刑部屋敷の露路の口で、一人の若者と話していた。
兇悪の碩寿翁
(醍醐弦四郎と云ったあの男も、俺と同じ物を探しているらしい。油断のならない人物らしかったが、とんでもない競争者が出て来たものだ)
碩寿翁はこんなことを思いながら、弦四郎の立ち去ったその後においても、蒐集部屋の中をあちらこちらと、珍奇の器具類を調べながら、しばらくの間はさまよっていた。
(今日はこれぐらいで帰るとしよう)
で、碩寿翁は蒐集部屋を出たが、出たところに露路があって、それをウネウネと幾廻りかして、往来へ出なければならなかった。
こうして碩寿翁は露路口まで来た。と、その時一人の男が、誰かに追われてでもいるかのように、息を切らして走って来たが、そこまで来ると足を止めて、キョロキョロ四辺《あたり》を見廻し出した。
「もし」と、碩寿翁を眼に入れたので、その若者は声をかけた。
「ちょっとお訊ねいたしますが、刑部屋敷と申します屋敷は、どこら辺りでござりましょうか?」
「刑部屋敷か、刑部屋敷はここだ。たった今私の出て来たところだ」
こう云うと碩寿翁は若者を見た。
「おやそうでございましたか。やっと安心いたしました。で、はなはだ失礼ながら、あなた様がお屋敷のご主人で?」
「何か用でもあるというのか?」
「主人の用事でござります。はいはい私のご主人様の。ええ私のご主人様と申すは、松倉屋の奥様にござります。私ことは京助と申して、寵愛の手代にござります。で、奥様が仰せられました。この品物を持って行って、刑部屋敷のご主人に逢って、お手渡しをして参るがよい。一緒に書面もお渡ししな。そうしてご返辞をいただいて参れ。下さるものがあるだろう、それをもいただいて参るがよい。……これが品物にございます。これがお手紙にござります。……品物の中身は存じませぬが、どうやら高価の品物らしく、それが証拠には勘右衛門様が――はい松倉屋
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