勘右衛門の小手を打った。
不意に打たれたことである。勘右衛門が持っていた包物を、取り落としたのは当然と云えよう。
「おい」と弁太が声をかけた。
「おい京助さんそいつ[#「そいつ」に傍点]を拾って、早く行く所へ行くがいいよ」
それから勘右衛門へ眼をやったが、ニヤニヤ笑うと揉み手をした。
「妹に話がございましてね、参上したのでございますよ。……旦那、やり口があくどい[#「あくどい」に傍点]ようで。妹にだって用事はありましょうよ。その、私用という奴がね。……何の包物だか存じませんが、何か妹に思わくがあって、どこかへやろうとしていますようで。――へい、来かかって小耳へ挿んだので。……いくら旦那でもそんなことへまで、干渉なすっちゃアいけませんな。……おい、京助さん、早くお行き! ハッ、ハッ、ハッ、行ってしまったか」
小気味よさそうに声を上げて笑った。
勘右衛門が怒ったのは当然と云えよう。さも憎さげに弁太を睨《にら》んだが、
「うむ、お前さんは弁太殿か、妹をいたぶり[#「いたぶり」に傍点]に参られたと見える。……妹とは云ってもわし[#「わし」に傍点]の女房だ、そうそういたぶっ[#「いたぶっ」に傍点]て貰いますまいよ。……が、そんなことはどうでもよい! 何故今わし[#「わし」に傍点]の邪魔をされた! 返辞をおし! ……と、今になって云ったところで、こいつどうにもなりそうもない! ……京助々々包物をよこせ! ……おや京助め行ってしまったか! ……待て待て待て、遁してたまるか!」
で、弁太を背後《うしろ》へ見すてて、勘右衛門は門の外へ走り出したが、もうこの頃には手代の京助は、町の通りを足早に、先へ先へと走っていた。
京助は往来《とおり》を走っている。
(弁太という男は大嫌いだが、今日はにわかに好きになった。俺を助けてくれたのだからな。あの男が加勢してくれなかろうものなら、奥様からの預かり物を、すんでに旦那に取られるところだった。よかったよかった本当によかった。……それにしても一体包物の中には、何が入っているのだろう。奥様は奥様であんなにも真剣に、「途中で誰が何と云おうと、よしんば誰が止めようと、決してこれを渡したり引っ返して来てはいけない」と云われた。先方へ渡せと仰せられた。旦那は旦那で怖い顔をして、是非によこせと云って取ろうとした。大切な物には相違ない。何だか中身が見た
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