―と云うそういう心持から、誘惑されたのでなさそうだからな」
「はい、その通りでございます。理由は無く誘惑されましたので」
「それはこういうことになるのだ。大金剛石のあの光は、『美』その物の最上的具現で、芸術的であったので、それで誘惑されたのだと。……金銭の事に関しても、勿論人は罪悪を犯す。が、そのための罪悪は、俗で非芸術的で不愉快だ。……ところで人間というものは、『美』のためにも罪悪を犯す。この方の罪悪は芸術的だ。……そこでこういうことが云われる。完全の美とか最大級の美とかは、阿片のように罪なものだ。と」
その時一人のお小姓が、恭しく天目《てんもく》を捧げながら、襖をあけて入って来た。
小姓を見ると碩寿翁は「おやッ」とばかりに声を上げた。
と、すぐに一人の小間使いが、菓子盆を恭しく持って来て、二人の間へしとやかに置いた。
「碩寿翁」と笑いながら慶正卿が云った。
「京助はあの通りピンピンしている。今は俺《わし》の小姓になっている。……菓子を持って来た小間使いには、お前は覚えはなかろうが、声には覚えがあるはずだ。……お前が京助を殺そうとした時、一軒のみすぼらしい家《うち》の中で、俺と話していた娘なのだ。……今、あの二人は夫婦になっている。夫婦にしたのはこの俺さ。……が、俺はもう二人の男女を、ほんの最近に夫婦にしてやった」
そういう言葉の終えない内に、小姓の京助が再度あらわれて、慶正卿に囁いた。
「待っていたのだ、通すがよい」
間もなく部屋へ入って来たのは、宮川茅野雄と浪江とであった。浪江は丸髷に結っていた。
つづいてもう一人の若く美しい、無邪気らしい乙女が入って来た。
将監の娘の小枝《さえだ》であった。
――が、俺はもう二人の男女を、ほんの最近に夫婦にしてやったと、慶正卿の云った男女が、この茅野雄と浪江なのであった。
そうして小枝と茅野雄夫婦とは、いずれも仲のよい友達であり、三人ながら慶正卿の館へ、伺候することを許されている、そういう身の上になっていた。
「何か珍らしい話はないか?」
慶正卿が三人へ訊いた。
と、小枝があどけなく云った。
「刑部老人の蒐集室へ参り、このような物を買うて参りました」
取り出して見せたのは宝玉をちりばめた、美しい異国風の簪《かんざし》であった。
慶正卿はとりあげたが、
「碩寿翁、これを値踏みしてごらん」
こう云って
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