じような音の聞こえてくることに、感付いたことに相違ない。いやいやそういう合図めいた音は、それらの場所から起こるばかりでなく、次から次へ、奥から奥へ、次第次第に送りをなして、丹生川平の郷へまで、伝わり伝わって行くのであった。
飛騨というような山国にあっては、猛獣や毒蛇や山賊などに、しばしば人は襲われるもので、そういう場合の警報として、いろいろの里や、いろいろの郷や、さまざまの村に住居している、住民達は里別郷別に、木を叩くとか竹法螺《たけぼら》を吹くとか、枯れ木に火をかけて煙りを上げるとか、そういうことをすることにしていた。
丹生川平の郷にあっては、木の幹を叩いて警報することが、それに当っているものと見える。
軽い危険の場合には、それに一致した叩き方をして、森林の中に散在して、枯れ木を採ったり伐木したり、馬を飼ったりしている者を、最初に合図の起こった場所へ、呼び寄せて加勢をさせることに、大体|定《き》まっているのであったが、重大な危険の場合には、それに一致した叩き方をして、次から次と今のように、丹生川平の郷へまで知らせて、そこから大勢の加勢の者を、呼び寄せることになっていた。
今や、大危険の警報が、四里に渡る森林の中を縫い入って、丹生川平の郷の方へ、素晴らしい速さで送られて行く。
名に負う飛騨の大森林である。杉や樫や桧や、楢《なら》や落葉松《からまつ》というような、喬木が鬱々蒼々と繁って、日の光など通そうとはしない。そうかと思うと茨《ばら》だの、櫨《はぜ》だの、躑躅《つつじ》だの、もち[#「もち」に傍点]だのというような、灌木の叢《くさむら》が丘のように、地上へこんもり[#「こんもり」に傍点]と生えていて、土の色をさえ見せようとしていない。で、ほとんど黄昏《たそがれ》のように、森林の中は暗く寂しく、物恐ろしくさえ眺められた。
そういう森林に音響の線が、太く素早く走って行く。
四里ぐらいの道程《みちのり》は瞬《またたく》間に、行きついてしまうに相違ない。すると丹生川平から、鉄砲や弓や山刀や槍の、武器をたずさえた郷民達が、大勢大挙して現われ出て、大森林を押し通って、曠野の面へ現われて、弦四郎を助けて宮川茅野雄を、おっ取り囲んで討ち取るであろう。
とまれ大危険を警報する、調子を持った木を叩く音が、次第次第に、丹生川平の方へ伝わって行く。
が、もし人が曠野の一
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