、この小枝を丹生川平へ、首尾よく連れて行くことが出来たら、白河戸郷の勢力を弱めて、滅ぼすことが出来るかもしれない。滅ぼすことが出来たならば、丹生川平の郷の長の、宮川覚明と約束をした通りに、覚明の娘の浪江という美女を手中へ入れることも出来、それが出来なくとも丹生川平の、守護神とも云うべき神殿の中へ――弦四郎にはある種の予感によって、神殿の中に高価な物が、蔵されてあるように感じられていた。――その神殿の内陣へ、入って行くことが出来るのであった。
茅野雄の後を尾行《つけ》るとなれば、小枝を捨てなければならないだろう。弦四郎には小枝が捨てかねた。茅野雄と戦って茅野雄を殺すにしても、小枝を地上へ下ろさねばなるまい。下ろされた小枝は逃げ去るであろう。弦四郎には小枝に逃げられることが、どうにも苦痛でならなかった。
では小枝を小脇に抱えたまま、茅野雄を見捨て丹生川平へ行こうか。すると茅野雄は行衛不明になろう。と、後を尾行て行くことが出来ない。これが弦四郎には苦痛であった。
(百発百中に予言をする、巫女《みこ》の千賀子が茅野雄に向かって、「山岳へおいでなさりませ、何か得られるでござりましょう」と、こう予言をしたからには、間違いなく茅野雄はその何かを、手に入れるものとみなさなければならない。その何かが何であるかを、俺は大略《おおよそ》知っている。恐ろしいほどにも高価なものだ。茅野雄の手へは渡されない。是非とも俺が手に入れなければならない。ではどうしても茅野雄の後を尾行て、彼の行く所へ自分も行って、彼が何かを得ようとするのを、邪魔をして横取りしなければならない)と、いう思惑があるからであった。
右することも出来なければ、左することも出来ないというのが、現在の弦四郎の心持であった。
一方宮川茅野雄においては、弦四郎に対して咎めたいことが、いろいろ心にわだかまっていた。たとえば自分は巫女の占った、「山岳へおいでなさりませ、何か得られるでござりましょう」と云う、その占いを実現しようとして、飛騨の山の中へ来たのでもないのに、「醍醐弦四郎お約束通り、貴殿を付け狙い致してござる」などと、あのような矢文を射てよこして、こちらの心を不安にさせたのは、不届きではないかと咎めもしたければ、あの巫女の占った「何か」なるものを、弦四郎は知っているらしいので、かえって訊ねて見たいとも思った。そうして自分が
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