徳川家を怨んで乗ずべき隙もあれかしと虚を狙っているに相違ござらぬ。一網打尽に致したけれど罪を犯さねばそれもならぬ。頼みというのはここのことでござる。貴殿の勝れた才覚をもってこれらの者共を糾合して、事を起こしては下さるまいか」
つまり私に徳川幕府の細作《かんじゃ》になれと云われるのでした。当代の政治《しおき》に順服《まつろ》わぬ徒輩《とはい》を一気に殲滅《ほろぼ》す下拵えを私にせよというのでした。
私は当惑する前に知己の恩に感じたのでございます。私のような一|布衣《ほい》を限りなくお信じなされればこそ、この一大事をお任せ下さるのだ。自分は幕府に対しても、又徳川家に対しても、何等恩怨ある者ではない。ただ士は己を知る者のために死す。一つ大いに頼まれようと、決心したのでございました。
お受けして帰ったその後の私は、益々辺幅を修めました。一層門戸を張りました。すると道場は、それに連れて繁昌するではございませんか。まもなく門弟三千人と註されるようになりました。一万石以上の大名|生活《ぐらし》! それが私の生活でした。そういう生活をしている間も、私は隙無く目を配って、これはと思われる武士に対し
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