までうなずきました。
「そこでお前様には二人の男へ、双方義理を立てるために、入水などなされようと覚悟されましたので?」
お蘭は黙ったままでうなずきました。
「そこで」
と左衛門はまたいいましたが、その声には皮肉がありました。
「そこでもう一つおうかがいをしますが、そのお二人の男の方の、お身分は何なのでございますか?」
するとお蘭は云おうか云うまいかと、躊躇したようでありましたが、思い切ったようにいいました。
「一人のお方は源次郎様と申して、この里を支配なされていられる、大庄屋のご次男様でございますし、もう一人のお方は喜之介様と申して、江戸の大きな絹問屋の、若旦那様にございます。源次郎様と喜之介様とは、お家がご親戚でありますので、久しい前から保養のために、喜之介様には源次郎様のお家へ、参られているのだそうでござります」
「成程」
と左衛門はいいましたが、いよいよその声には揶揄《やゆ》するような、皮肉な調子がありました。
「で、お前様にはお二人の中《うち》、どちらを愛していられますので?」
するとお蘭は物憂そうに、
「私はまことはどのお方をも、お愛ししているのではございません。ただお二人に同じように同時に愛を打ちあけられましたので、どちらの方へ靡《なび》いてよいやら、苦しんで居るだけにございます」
これを聞くと左衛門はいぶかしそうに、咎《とが》めるようにききました。
「二人ともお愛ししていられないなら、お二人へお前様の心を、お打ちあけなされておことわりなされたら、よろしいように思われますがな」
「はい」
とお蘭は申しました。
「でも私にはどういうものか、決心が付かないのでございます。はい、私にはどういうものか。……」
三
と、俄に嘲るような、かれた笑声が起こりました。左衛門が笑ったのでございます。
「――われも見つ人にも告げん葛飾の、真間の手児奈の奥津城《おくつき》どころ――お前様にはこの和歌をご存知でしょうな」「はい」
とお蘭は直ぐに申しました。
「二人の殿方に恋せられて、どっちへも靡いて行くことが出来ずに、入水して死なれた憐れに美しい、真間の手児奈という娘の墓を、山辺赤人というお偉い歌人が、詠まれた和歌にございます」
「さよう」
と、左衛門はいいました。
「で、お前様が覚悟どおりに、今のお二人に義理を立てて、入水してお死になされたな
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