爪で弾くのですけれど……」云い云いお蝶は四辺《あたり》を忍ぶように、指の先で絃を弾いた。
「バラードという楽器でございますの。和蘭《オランダ》の若い海員などが甲板《かんぱん》の上などで弾きますそうで」
 バラードの音色は聞く人の心を、強い瞑想に誘って行った。
 聞いている京一郎の心の中へ、海を慕う感情が起こって来た。海! 海外! 自由! 不覊《ふき》! ……そういうものを、慕う感情が、京一郎の心へ起こって来た。不意にお蝶はうたい出した。

        三

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※[#歌記号、1−3−28]かすかに見ゆる
 やまのみね
 はれているさえなつかしし
 舟のりをする身のならい
 死ぬることこそ多ければ
 さて漕ぎ出すわが舟の
 しだいに遠くなるにつれ
 山の裾辺の麦の小田《おだ》
 いまを季節とみのれるが
 苅りいる人もなつかしし
 わが乗る船の行くにつれ
 舟足かろきためからか
 わが乗る船の行くにつれ
 色も姿もおちかたの
 ふかき霞にとざされぬ
 われらの舟路! われらの舟路!
[#ここで字下げ終わり]

 それはこういう歌であったが、ここまでうたって来るとうた
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