曲独楽《きょくごま》を廻す松井源水の弟子、――などというような芸人を、一緒に集めて打っている小屋で、都会ではとうてい見ることの出来ない、大変もないイカモノ揃いなのだが、そこは田舎のことなので、毎夜繁昌していたものさ。
 潮湯治というのは海水を浴びて、病気を癒すというのが一つ、水泳自慢に泳ぐことによって夏の暑さを忘れるというのが一つ、……遊山半分の贅沢な人の、贅沢な療治そのものなのだから、夜などは無聊に苦しんでいる。そこでそんなような見世物が掛かって、繁昌をする次第なのさ。
 木戸番の老爺《おやじ》が番台の上に坐って、まねき[#「まねき」に傍点]の口上を述べていた。
「八人芸の真っ最中で、見事なものでございますよ。足で胡弓を弾くかと思うと、口で太鼓の撥《ばち》をくわえ、太鼓を打つのでございますからな。その間に片手で三味線を弾き、片手で鉦《かね》を打つんでさあ。その太夫が年増でこそあれ、滅法美しい仇《あだ》者なのですからなあ。……団十郎の声色であろうと、菊五郎左団次の声色であろうと、声色であったらどんな声色でも、一度耳にしたら使って見せる――と云う器用な太夫さんでもあるので。……八人芸の真
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