…妾《わたし》アお前さんが可愛くてならない」
それっきり、声は絶えてしまった。
(オーヤ、オーヤ)と貝十郎は思った。(ここでも媾曳《あいびき》が行われている。悪党同士の媾曳だ。鏡太郎とそうしてお豊とらしい)(悪くないな)としかし思った。(罪悪のあるらしい旧家の裏庭で、美貌の若者と美貌の女とが、月光に浸りながら媾曳をしている。詩じゃアないか! 詩じゃアないか! そいつを与力が立ち聞きしている。詩じゃアないか! 詩じゃアないか! ……厭だよ、こんないい光景を「御用だ!」などという野暮な声を出して、あったらぶち壊してしまうのは。……こっそり逃げて帰ってやろう)
酔がさせる業であった。与力の方から逃げ出したのである。
彼は家へははいらなかった。庭を巡ってどこまでも歩いた。
宏大な建物を囲繞《いにょう》して、林のようにこんもりと、植え込みが茂っている庭であり、諸所に築山や泉水や、石橋などが出来ており、隔ての生垣には枝折戸《しおりど》などがあったが、鍵などはかかってはいなかった。幾個《いくつ》かの別棟の建物があり、厩舎《うまや》らしい建物も、物置きらしい建物も、沢山の夫婦者の作男達のための
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