が云った。
侍が背後《うしろ》から従《つ》いて来ていた。その立派なお武家様なのであろう。彼女は今安心していた。
二
京橋の中ほどまで来た時である、彼女はすっかり疲労《つか》れてしまった。こんなに歩いたことがないからである。彼女はだるそうに足を止めた。
と、彼女の左側に、一挺の駕籠が下ろされた。そこで彼女は振り返って見た。侍が手を上げて駕籠を指している。で、彼女は安心して、駕籠の中へ身を入れた。
こうしてお島を乗せた駕籠が、三月の月に照らされながら、品川の方へ揺れて行く後から、袴なしの羽織姿の、その立派な侍が、大して屈托もなさそうに、しかし前後に眼を配って、油断を見せずに従いて行った。
芝まで行った時であった、そこの横町から一人の旅僧が、突然現われて駕籠へ寄ろうとした。
「これ!」と侍が声をかけた。
旅僧はギョッとした様子であったが、何も云わずに後へ下がった。その間に駕籠と侍とは、先へズンズン進んで行った。
と、また横町から無頼漢のような、一人の男が飛び出して来た。
「これ!」
とたった[#「たった」に傍点]それだけであった。駕籠と侍とは先へ進んだ。しかしまたもや横町があって、そこの入り口へまで差しかかった時、一人の武士と売卜者《うらないしゃ》とが、駕籠の行く手を遮《さえぎ》るようにして、その入り口から走り出た。
「これ!」と侍は声をかけた。「駕籠へさわるな! 俺を知らぬか! ……思うに恐らく今度の事件には『館林様』はご関係あるまい! やり方があまりに惨忍に過ぎる!」
武士と売卜者とは黙っていた。その間に駕籠と侍とは進んだ。その駕籠と侍との遠退くのを、四人の者は一つに塊《かた》まり、残念そうに見送ったが、
「どうも十二神《オチフルイ》に出られたのではね」売卜者風の神道徳次郎が云って、テレ切ったように額を撫でた。
「それにちゃあん[#「ちゃあん」に傍点]と見抜いておる」こう云ったのは武士姿の、紫紐丹左衛門であった。「館林様がご関係ないとね」
「せっかく浅草から狙って来たんだが」鼠小僧の外伝が――旅僧の姿をした男が云った。「ねっからこれでは始まらない」
「諦めるより仕方がないよ」こう云ったのは無頼漢《ならずもの》風の、稲葉小僧新助であった。「相手が十二神《オチフルイ》とあるからには、六人かかったって歯が立たねえ。まして今は四人だからな
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