うわ[#「うわ」に傍点]言のように云いながら、お篠の方は先へ進んだ。やがて三人は主屋《おもや》を抜け、ギヤマン室をつないでいる、長い廻廊へ現われた。やがて三人は見えなくなった。
 ギヤマン室へはいったのである。

        十三

「小糸氏さあさあ遠慮はいらない、ここでゆっくりお品殿と、ままごと[#「ままごと」に傍点]をしてお遊びなされ、拙者お相伴いたしましょう」
 ここは神田神保町の、十二神《オチフルイ》貝十郎の邸であった。同じ夜の明け近い一時である。献上箱の蓋があいていたが、その中は空虚になっていた。その代り献上箱の横の方に、そうして小糸新八郎の、端坐している膝の脇に、京人形のよそいをした、お品が青褪めて坐っていた。
 二人の前に貝十郎がいた。
 その貝十郎の傍には、お勝手箪笥の『ままごと』が、抽斗《ひきだし》も戸棚もあけられた姿で、灯火に映えて置かれてあった。そこから取り出された酒や馳走類が、皿や小鉢や徳利に入れられて、三人の前に置かれてあった。
「実は松本伊豆守殿が、今日、一月十五日までに『ままごと』を一個納めるようにと、指物店山大へ命じたということと、お品殿が田沼侯の側室《そばめ》にあたる、お篠の方によく似ていて、そのお品殿が伊豆守によって、引き上げられたということとを、前者は拙者自分で調べ、後者は人伝てに聞きましたので、これは一月の十五日に伊豆守が田沼侯へ音物として、『ままごと』に添えてお品殿を、お贈りするのだと推察し、奪い返すことは出来ないまでも、確かめて見ようとこう思い、今宵伊豆守の邸の傍《ほとり》へ、忍んで様子を窺っていたのでござる。……ところがその果てがあの通りとなり、拙者も悉《ことごと》く胆を潰してござるよ。……それにしてもどうして館林様が、今夜の出来事を同じく察し、似たような『ままごと』と献上箱とを作り、どさくさまぎれ[#「どさくさまぎれ」に傍点]に伊豆守のそれと、すり換えたのか合点が行きませぬ。が、合点は行きませんでしたが、もう一組の『ままごと』と献上箱とが、横町を走って行くのを見た時、館林様が策略をもって、伊豆守の『ままごと』と献上箱とを、すり換えて奪って持って行くのだと、そこは拙者も職掌柄で、直覚的に知りましたので、二人の同心に云いつけて、途中からそれらの二品を、拙者の邸へ運ばせるよう、取り計らわせたという次第でござる。……そ
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