こう声をかけて、軒下から往来へ出た。
「それじゃ私も」
「では拙者も」
 などと云いながら五人の者は、つづいて軒下から往来へ出た。そういう様子を少し離れた、これも軒下に佇《たたず》んで、雨宿りをしていた三十五、六歳の武士が、狙うようにして見守っていたが、
「またあいつら何かをやり出すな」
 言葉に出して呟いた。それから首を傾げるようにしたが、
「どうもそれにしてもお篠という女が、あのお方の側室《そばめ》にあがって以来、あのお方のやり方が変になられた。……どっちみちお篠に似た女の狂人《きちがい》が、こう輩出したのではやり切れない」
(よし、一つ調べてやろう)
 その日の夕方のことであったが、神田三崎町三丁目の、指物店山大の店へ、ツトはいって来た侍があった。雨宿りをしていた侍である。
「主人はいるかな、ちょっと逢いたいが」
「へい、どなた様でいらっしゃいますか?」
 店にいた小僧が恐る恐る訊いた。
「十二神《オチフルイ》貝十郎と云うものだ」
 主人の嘉助が奥から飛んで来た。
「これはこれは十二神《オチフルイ》の殿様で。……」
「ああ主人か、訊きたいことがある。この頃『ままごと』がよく出るようだが」
「へい」と嘉助は小鬢を掻いた。
「諸方様からご注文でございますので」
「どんな方々から注文があるか、ひとつそれを聞かしてくれ」
「かしこまりましてございます」
 それから主人は名を上げた。松本伊豆守から五個、赤井越前守から三個、松平|正允《まさすけ》から二個、伊井中将から一個、浜田侍従から一個。……等々であった。
「なるほど」
 と貝十郎は苦笑いをしたが、
「いずれも立派な方々からだな。……ところで松本伊豆守様からが、一番注文が多いようだが、この頃にご注文があったかな?」
「へい、一月の十五日までに、是非とも一つ納めるようにと、ご用人の三浦作右衛門様から。……」
「一月の十五日、ふうんそうか」
 尚二つ三つ訊ねてから、貝十郎は山大を出た。

        二

(どうにも今は変な時世だ。物を贈るにも流行がある。以前には岩石菖が流行《はや》ったっけ)
 以前に田沼主殿頭が、病床に伏したことがあった。病気見舞いのある大名が、主殿頭の家臣に訊ねた。
「この頃は田沼主殿頭殿には、何をご愛玩でございますかな?」と。
「岩石菖をご愛玩でございます」
 するとそれから二、三日が間に、岩石
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