二つの骸骨の縁辺《みより》なのか、秘密を知っていて強請《ゆす》りに来たものか、その辺ハッキリ解りません。素ばしっこく逃げてしまいましてね、その後|行方《ゆくえ》が解らないのです。……どっちみち私は田舎は嫌いだ。田舎へ行くと目違いをします。……征矢野家の先代の罪悪を、あばけば発くことは出来るのですが、そんな必要はありませんでした。隼二郎氏が真面目にやっているのですから、浄罪的な立派な仕事ですよ」

    妖説八人芸


        一

 昼の海は賑わっていた。人達が潮を浴びていた。泳ぎ自慢に沖の方へ、ズンズン泳いで行く若者もあった。渚《なぎさ》に近い浅い所で、ボチャボチャやっている老人もあった。そうかと思うと熱い砂の上へ、腹這っている中年者もあった。小舟に乗って漕ぎ出す者もあれば、小舟に乗って帰って来る者もあった。桟橋の上を彷徨《さまよ》いながら、海にいる人達を眺めている、女や子供の群もあり、脱衣場で着物を脱いでいる者もあった。
 岸に近い海は濁っていたが、沖の方へ行くに従って、緑の色を深めていた。波が来た! 大きな波が! 波が崩れて飛沫《しぶき》を上げた。と、そこから笑い声が起こった。
 帆船が遠くの海の上を、野茨のように白く蠢《うごめ》いていれば、浜の背後を劃している、松林が風で揺れてもいた。海は向こうまで七里あり、対岸には桑名だの四日市だのの、名高い駅路《うまやじ》が点在していた。
 よく晴れた日で暑かった。
 と、一人の美しい娘が、島田髷をつやつやと光らせながら、貸し別荘のある林の中から、供も連れず一人で歩いて来たが、ひょいと砂地へかがみ込んだ。彼女の前にある物といえば、脱ぎすてられた潮湯治客の衣裳や、潮湯治客の持ち物であった。
 彼女は間もなく立ち上がった。そうしてソロソロと歩き出した。何んの変わったこともない。とまた彼女はかがみ込んだ。彼女の前にある物といえば、脱ぎすてられた潮湯治客の衣裳や、潮湯治客の持ち物であった。
 彼女は間もなく立ち上がった。そうしてソロソロと歩き出した。何んの変わったこともない。と彼女は脱衣場へ上がり、あたりを見廻して佇んだ。
 派手な模様の白地の振り袖、赤地の友禅の単帯《ひとえおび》、身長《せい》が高く肉附きがよく、それでいて形の整った体へ、垢抜けた様子にまとっている。そういう姿を衆人に見せて、彼女は佇んでいるのであった
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