梯子幾十となく、甚内目掛けて落ちかかって来た。
「これまで見慣れぬ不思議な捕縛法《とりかた》。これはめった[#「めった」に傍点]に油断はならぬ」
肩をしたたか[#「したたか」に傍点]梯子で打たれ、甚内は内心胆を冷したが、また少からず感心もした。
彼は街の四辻へ出た。
「あっ」――と思わず仰天し、甚内は棒のように突っ立ったのである。
どっちを見ても無数の捕り手がぎっしり[#「ぎっしり」に傍点]詰まっているではないか。
「もういけねえ」と呟きながらもどこかに活路はあるまいかと素早く四方を見廻した。と、正面に立っている古着屋らしい一軒の家の、裏戸が幽かに開けられたが、その際間から手が現われ甚内を二、三度手招いた。
これぞ天の助くるところと、甚内は突嗟《とっさ》に思案を決めると、パッと雨戸へ飛びかかり、引きあける間ももどかしく家内《なか》へはいって戸を立てた。
はいった所が土間である。土間の向こうが店らしい。店の奥に座敷があってそこに行燈が点っている。そうして四辺《あたり》には人影もない。
甚内はちょっと躊躇《ためら》ったが、場合が場合なので案内も乞わず燈火《ひ》のある座敷へつかつか[#「つかつか」に傍点]と行った。
座敷の真ん中に文台がある。文台の上には甚内にとって見覚えのある印籠がある。そしてその側には添え状がある。
「進上申す印籠の事。
旧姓、飛沢。今は、今日の捕手頭《とりかたがしら》[#地から2字上げ]富沢甚内より
勾坂甚内殿へ」
「あっ」思わず声を上げた時。
「御用!」と鋭い掛け声がしたと同時にどこからともなく投げられた縄。甚内はキリキリと縛り上げられた。
「ワッハッハッハッ」
と、哄笑する声が続いて耳もとで起こったが、それと一緒に天井の梁《はり》からドンと飛び下りたものがある。
細い縞の袷を着、紺の帯を腰で結び、股引きを穿いた足袋跣足《たびはだし》、小造りの体に鋭敏の顔付き。――商人《あきんど》にやつした目明しという仁態。それがカラカラと笑っている。
それは紛れもない五年以前に川口町の天水桶の蔭から、ヌッと姿を現わして勾坂甚内を呼び止めたあげく、その甚内に切り立てられ危く命を取られようとした匕口《あいくち》を持った若者であった。
そうと知った甚内は心中覚悟の臍《ほぞ》を決めた。
「いよいよいけねえ」と思ったのである。
「瞞《だま》
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