うにはしねえ意《つもり》だ」
「ふうむ、それにしてもこの俺を、勾坂甚内と見抜いたは?」
「黒田の邸へ押し込んで、宝蔵でも破ろうというものは三甚内の他にはねえ。……ところで三人の甚内のうち二人までは足を洗い今は素人になっている筈だ。残るは勾坂甚内だけ。その勾坂こそすなわちお前よ。宝蔵破りのその翌晩、盗んだ金を懐中にして、遊里へ姿を晒そうとする大胆不敵のやり口は、その他の奴には出来そうもねえ」
「ううむ、そうか、いや当たった。いかにも俺は勾坂だ。勾坂甚内に相違ねえ。さあこう清く宣《なの》ったからには、お前も素性を明かすがいい」
「もうおおかたは察していよう。俺こそ庄司甚内だ」
「それじゃやっぱりそうだったか。もしやもしやと思ってはいたが、そう明瞭《はっきり》と宣られると、なんだか変な気持ちがするなア。――これが懐しいとでも云うのだろうよ」
「おい勾坂の」と声を忍ばせ、一膝進み出た甚右衛門は、グイと顔を突き出したが、「この顔見覚えがあろうがの?」
「え?」と甚内は眼を見張る。と、彼は愕然とした。「……うむ、そういえば頬の上に古い一筋の太刀傷がある! ……お、あの時の船頭だ」
「それでもどうやら気が付いたらしい。いかにもあの時の船頭だ。……お前あの時罪もねえ可哀そうな老人《としより》を締め殺したっけのう」
「殺すつもりはなかったが時のはずみ[#「はずみ」に傍点]で力がはいり殺生なことをしてしまった」
「その老人の一人娘がお前の馴染のあのお米よ」
「それとも知らぬお米の口からたった今聞いて驚いたところさ」
「枕交わすが商売とは云え、親の敵と馴染むとは……」
「知らぬが因果の畜生道さ」
「お米にとっては尽きぬ怨み……」
「俺にとっては勿怪《もっけ》の幸い」
「おい、勾坂の、どうするつもりだ?」
「お米が俺を討つ気なら宣《なの》って殺されてやるつもりよ。が、討つ気はよもあるめえ。二世さえ契った仲だからの。二世を契れば未来も夫婦! 俺を殺せば良人《おっと》殺しだ!」
「あっ!」
と魂消《たまげ》る女の声が隣りの部屋から聞こえて来た。
二人一緒に立ち上がり颯と開けた襖の彼方《かなた》に伏し転《まろ》んでいるのはお米であった。
「や、お米、咽喉《のど》突いたな!」
「傷は浅い! しっかりしろ!」
左右から抱かれて眼をひらき、
「親方さん、おさらばでござんす」
甚内の顔を見詰めな
前へ
次へ
全14ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング