膝元に青竹が置いてある。取り上げた乞食、スッと抜いた。
「怖くはないかな、村正だ」
 春陽にぶつかって刀身から、ユラユラユラユラと陽炎が立つ。
「怖いお方もございましょう、妾は怖くはございません」
 乞食、刀を見詰めている。
「鍛えは柾目、忠の先細く、鋩子《ぼうし》詰まって錵《にえ》おだやか、少し尖った乱れの先、切れそうだな、切れてくれなくては困る」
 ソロリと納めると膝元へ置いた。
「華やかな行列が通るのだ。ああ然うだよ、江戸へ向かってな。が、ナーニ見たようなものだ。遣り損なうに相違ない。相手はあれ程の人物だからな。そこへこの俺が付け込むのだ。と、村正が役立つのよ」
 春の日がだんだん暮れようとする。
 街道を通る旅人の足が、泊りを急ぐのかあわただしい。

     二

「ほほう不思議な乞食だの」こういったのは総髪の武士。「淀川堤の蒲鉾小屋でな?」
「茶を立て香を焚き遊女を侍らせ、悠々くらしておりますそうで」こういったのは頬髯の濃い武士。「しかも素晴らしい名刀を所持しておるとかいうことで」
 大坂心齋橋松屋という旅籠、奥まった部屋での話しである。
「で、貴公、どう思うな?」
 こう
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