の箱が置いてある。
 どうやら大事の品らしい。
 春陽が小屋の中へ射し込んでいる。街道を通る旅人が見える。淀川の流れが流れている。
 白帆が上流へ帆走っている。
「流石は山内伊賀之助、眼力に狂いがなかったよ」
 こういったのは乞食である。寂しい苦笑が口許に浮かび、顔全体を憂欝に見せる。
「けっく妾にとりましては、その方がよろしゅうございました。ご一緒に住めるのでございますもの」
 こういったのは女である。嬉しそうにその眼を輝かせている。
「大岡越前と来た日には、煮ても焼いても食えない奴さ。伊賀之助の首を持参したら、俺の真意を早くも察し、乞食姿の俺を招じ、途方もなくご馳走をした揚句、政治というもののむずかしいことと、役人というものの苦衷とを、いろいろ話して聞かせた上、紋服を一|襲《かさね》くれたのだからな」チラリと長方形の箱を見たが「アッハハハ何んという態だ、ひどくその時の俺と来たら、しんみり[#「しんみり」に傍点]とした気持になり、切ってかかろうともしなかったのだからな」
「でもその時越前守様が、おっしゃったそうではございませんか『一年の間考えるがよい』と」
「ああ然うだよ、そういった
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