刀を引き抜いた。ピカリと一閃、スポリと一刀、ゴロリと落ちたは首である。
「伊賀之助、御用!」
と捕方の声々、間間近く迫ったが、奇怪な乞食驚かなかった。
死骸の形を綺麗に整え、傍の屏風を引き廻すと、伊賀之助の首級《くび》を抱きかかえた。
と、スルスルと廻廊へ出た。
襖を蹴仆《けたお》す音がして、踏み込んで来たのは捕方である。
チラリと振り返った奇怪な乞食、ヒョイと右手を宙へ上げたが、恰も巨大な暁の星が、空から部屋へ飛び込んだように、一瞬間室内輝いた。
眼を射られて蹣跚《よろめ》いた捕手が、正気に返って見廻した時には、首の無い山内伊賀之助の、死骸が残っているばかりで、乞食の姿は見えなかった。
六
さてそれから一年がたった。
淀川堤に春が来た。
例の穢い蒲鉾小屋に、例の乞食が住んでいた。そうして例の女がいた。だが女の風俗は、きらびやか[#「きらびやか」に傍点]な花魁の風ではなく、男と同じ乞食姿であった。
茶も立ててはいなかった。香も焚いてはいなかった。蒔絵の硯箱も短冊もない。で勿論茶釜もなかった。名刀を仕込んだ青竹ばかりが、乞食の膝元に置いてあった。
白木
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