びかかった。
「御用々々!」
 と叫びながら、大膳の殺気に驚いたか、サーッと後へ引っ返した。
「どうせ駄目だよ、追うな追うな!」
 呼び止める伊賀之助の声を残し、遁《のが》れられるだけは遁れてみよう、こう思ったか追っかけた。
「御用々々!」
 と遠退く声!
「ワッ」と二、三度悲鳴がした。
 大膳が捕方を切ったのらしい。
「よせばよいのに殺生な奴だ! どうせ捕れるに決っている。覚悟の出来ていない人間は、最後の土壇場で恥を掻く。……が、俺には却って幸い、どれこの隙に腹を切ろう」
 左の脇腹へブッツリと、伊賀之助刀を突き立てた時、
「お見事!」
 という声が隣室でした。
 襖をひらいて現れたのは、青竹の杖をひっさげた、容貌立派な乞食であった。
「やッ、汝は!」と伊賀之助。
「淀川堤におりました者」
「汝が然うか? どうして此処へ?」
「御|首級《しるし》頂戴いたしたく……」
「俺の首をか、何んにする?」
「或お方のお屋敷へ参り、或お方へ近寄って、一太刀なりとも恨みたい所存……」
「ううむ」と唸ったが伊賀之助「身分をいわっしゃい! 名をいわっしゃい!」
「或お方の差金により、取潰された西国方の
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