は不満でならなかった。
「それだけはどうぞ堪忍して。少し望みがありますゆえ」と、いくら尋ねてもただこういって浦里は他には何もいわない。日頃女を信じ切っていたため、その女からこう出られると、裏切られたような気持ちがして、彼は心が落ち着かないのであった。
 それに近頃若い男が、彼に楯突いて浦里のもとへ、しげしげ通って来るという、厭な噂も耳にしたので彼は益※[#二の字点、1−2−22]|焦心《いらいら》した。
「仮りにも俺に楯突こうという者、紀文の他にはない筈だ」
 いったい其奴《そやつ》は何者であろう? 自尊の強い性質だけにまだ見ない恋敵《こいがたき》に対しても、激しい憤りを感じるのであった。
 奈良茂の機嫌が悪いので、半兵衛や民部は心を傷《いた》め、いろいろ道化たことなどを云って浮き立たせようとするのであったが、周囲《まわり》が陽気になればなるほど彼の心は打ち沈んだ。酒ばかり煽《あお》って苦り切っている。
 一蝶や其角《きかく》は取り巻とはいっても一見識備えた連中だけに、民部や半兵衛が周章《あわ》てるようには二人は周章てはしなかった。
「金の威力で自由にしようとしても、自由にならないもの
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