た。時鳥《ほととぎす》啼くや五尺の菖蒲《あやめ》草を一杯に刺繍《ぬいと》った振り袖に夜目にも著《しる》き錦の帯をふっくりと結んだその姿は、気高く美しく※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《ろう》たけて見える。最後に進むは奴姿《やっこすがた》の雲突くばかりの大男でニョッキリ脛《はぎ》を剥き出しているのもそれらしくて勇ましい。
 空には上弦の初夏の月が、朧《おぼ》ろに霞んだ光を零《こぼ》し、川面を渡る深夜の風は並木の桜の若葉に戦《そよ》いで清々《すがすが》しい香いを吹き散らす。
 三人の者は話さえせずただ黙々と歩いて行く。厩橋《うまやばし》を南に渡りやがて本所へ差しかかった。
 と、先頭の若衆が、ピタリと足を止めたものである。三人は顔を見合わせた。それから蝙蝠《こうもり》の飛んだかのように、人家の一つの表戸へ三人ながら身を寄せた。月光を軒が遮《さえぎ》るのか、三人の潜んだその辺は、烏羽玉《うばたま》の闇に閉ざされている。
 その時、往来の遙かあなたから、一団の人影が現われたが、女乗り物を真ん中にしてタッタッタッと進んで来る。近寄るままよく見れば白縮緬で顔を隠した十人
前へ 次へ
全24ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング