と人眼につく、美しい女であった。でも、その限が、剃刀《かみそり》のように鋭く光っているのは何《ど》うしたのであろう。やがて総司は、女に介抱されながら、床の上へ寝かされた。女は、夜具の襟を、総司の頤《あご》の辺まで掛けてやり、襟から、人形の首かのように覗《のぞ》いている総司の顔を見ながら、枕元に坐っていた。慶応《けいおう》四年二月の夜風が、ここ千駄ヶ谷《せんだがや》の植木屋、植甚の庭の植木にあたって、春の音信《おとずれ》を告げているのを、窓ごしに耳にしながら、坐っていた。
夢の中の人々
「お千代!」
と不意に、眠った筈の総司が叫んだ。女は驚いたように、細い襟足を延ばし、男の顔を覗込《のぞきこ》んだ。
「お千代、たっしゃかえ! たっしゃでいておくれ!」
と又総司は叫んだ。でも、その後から、苦しそうな寝息が洩れた。眠りながらの言葉だったのである。女はニッと笑った。遠くの方から、半鐘の音が聞えて来た。脱走の浪人などが、放火したのかもしれない。女はソロソロと、神経質に、部屋の中を見廻してから、懐中《ふところ》へ手を入れた。短刀の柄頭《つかがしら》らしい物が、水色の半襟の間から覗いた
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