うもの》にするのかと云うのだ。……もう為方《しかた》がないから、では此処で腹を切ってくれ、私が介錯《かいしゃく》するからと云うと、それでは、近藤殿から、斬れと云われたお前の役目が立つまいと云うのだ。私は当惑して、では何うしたらよいのかというと、お前と斬合ったでは、私に勝目は無いし、斬合おうとも思わない、私は向うを向いて歩いて行くから、背後《うしろ》から斬ってくれと云い、ズンズン歩いて行くのだ。月の光で、白く見える河原をなア。背後《うしろ》から何んと声をかけても、もう返辞をしないのだ。……そこで私は、……背後から只一刀で……首を!……綺麗に討《う》たれてくれたよ」
息を詰めて聞いていたお力は(それじゃア永之丞さんは、話合いの上でお討たれなされたのか。……では総司さんを怨《うら》むことはないわねえ)と思いながらも、矢張り涙は流れた。その涙を隠そうとして、窓の方を向いた。すると、その窓へ、小石のあたる音がした。お力はハッとしたようであったが、
「蒸し蒸しするのね」
と独言のように云い、立って窓際へ行き、窓を開けた。暈《かさ》をかむった月に照らされて、身長《せい》の高い肩幅の広い男が、窓の外に立っていた。
お力は窃《そ》っと首を振ってみせ、すぐに窓を閉め、元の座へ帰って来た。
総司は俯向いていた。自分が斬った、不幸な友のことを追想しているらしい。
「沖田様」
とお力は、総司のそういう様子を見詰めながら、
「妾《わたし》を何う覚召して?」
「何うとは?」
「嫌いだとか、好きだとか?」
「怖い」
「怖い? まあ」
「親切な人とは思うが……何んとなく怖い!……それにわし[#「わし」に傍点]にはお千代というものがあるのだから……」
「お切れなされたくせに」
「強いられたからじゃ。……心では……」
「心では?」
「女房と思っておる。……それでもうお力殿には今後……」
「来ないように」
「済まぬが……」
「妾は参ります。……貴郎《あなた》様はお嫌いなさいましても、妾は、あなた様が好きでございますから。……それがお力という女の性《しょう》でございます」
(おや?)とお力は聞耳を立てた。
池へ落ちている滝の音が、その音色を変えたからであった。
(誰かが滝に打たれているようだよ)
然《そ》う、単調に聞えていた水音が、時々滞って聞えるのであった。
(可笑しいねえ)
良人《
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