刀屋から、虎徹《こてつ》だと云って買わせられた、その実、宗貞の刀の柄を叩いてみせた。すると総司は却って不安そうに云った。
「しかし先生、これからの戦いは、刀では駄目でございます。火器、飛道具でなければ。……先生は、負傷しておられて、鳥羽、伏見の戦いにお出にならなかったから、お解りにならないことと思いますが、官軍の……いいえ、薩長の奴等の精鋭な大砲や小銃に撃捲《うちまく》られ、募兵は……新選組の私たちは散々な目に……」
この夜、燈火《ともしび》の下で、総司とお力とは、しめやかに話していた。従軍を断念したからか、総司の態度は却って沈着《おちつ》き、容貌《かお》なども穏やかになっていた。
「妾《わたくし》、あなた様から、お隠匿《かくまい》していただきました晩、あなた様、眠りながら、お千代、たっしゃかえ、たっしゃでいておくれと仰有《おっしゃ》いましたが、お千代様とおっしゃるお方は?」
と、お力は何気無さそうに訊いた。
「そんな寝言、云いましたかな」
と総司は俄に赧《あか》い顔をしたが、
「京都にいた頃、懇意にした娘だが……町医者の娘で……」
「ただご懇意に?」
とお力は、揶揄《やゆ》するような口調でいい、その癖、色気を含んだ眼で、怨ずるように総司を見た。
総司は当惑したような、狼狽《ろうばい》したような表情をしたが、
「ただ懇意にとは?……勿論……いや、併《しか》し、どう云ったらよいか……どっちみち、私は、これ迄に、一人の女しか知らないので」
お力は思わず吹出して了った。
「まあまあそのお若さで、一人しか女を。……でもお噂によれば、新選組の方々は、壬生《みぶ》におられた頃は、ずいぶんその方でも……」
「いや、それは、他の諸君は……わけても隊長の近藤殿などは……土方殿などになると、近藤殿以上で。……ただ私だけが、臆病《おくびょう》だったので……」
「これ迄に、二百人もお斬りになったというお噂のある貴郎《あなた》様が臆病……」
「いや、女にかけてはじゃ。人を斬る段になると私は強い!」
と、総司は、グッと肩を聳《そびや》かした。痩《や》せている肩ではあったが、聳かすと、さすがに殺気が迸《ほとばし》った。
お力はヒヤリとしたようであったが、
「お千代さんという娘さんが、その一人の女の方なのでしょうね」
「左様」
と迂闊《うっか》り云ったが、総司は、周章てて
「い
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