気を付けるがいいぞ、張教仁! こうあの苦力は云ったのです」張教仁は眼を顰《ひそ》め、「気を付けるがいいぞ、張教仁[#「いいぞ、張教仁」は底本では「いいぞ 張教仁」]! 十歩。二十歩。いや三十歩かな。こうあの苦力は云ったのです」
「それはどういう意味でしょうね? そうしてどうしてあの苦力《クーリー》は、あなたの本名を知っているのでしょうね?」
「どうして本名を知っているか、全く合点が行きません。私の本名を知っている限りは、恐らくあなたの本名だって知っているに違いありませんよ」
「紅玉《エルビー》、紅玉《エルビー》、これが本名ね。私は名ぐらい知られたって、何んとも思やしませんよ」
「本名を知られたということは、あまり苦痛ではありませんけれど、どうして本名を知られたか、本名を知っているあの苦力《クーリー》はいったいどういう身分の者か、それが私には不思議です。不思議といえば、苦力の云った、十歩。二十歩。いや三十歩かな。この言葉の意味こそ不思議です」
「ほんとにどういう意味でしょうね」紅玉《エルビー》はしばらく打ち案じたが、「歩いて見ようではありませんか。十歩。二十歩。三十歩。その通り歩いて見ま
前へ 次へ
全239ページ中92ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング