宮殿の門衛の一人に住み込んでいた。そうして機会を窺って国と父母の仇を刺そうとした。

 ある夜深更のことであった。おりから春の朧月が苑内の樹立《こだち》や湖を照らし紗の薄衣《うすもの》でも纒ったように大体の景色を※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《ろう》たけて見せ、諸所に聳えている宮殿の窓から垂帳《たれまく》を通して零《こぼ》れる燈火《ひ》が花園の花木を朧ろに染め、苑内のありさまは文字通り全く幻しの園であった。私は詰め所からうかうか出て苑内深く逍遙《さまよ》って行った。あたりは森《しん》と静かである。誰も咎める者もない。
「寂々タル孤鶯ハ杏園ニ啼キ、寥々タル一犬ハ桃源ニ吠ユ――」
 自分はその時劉長卿の詩を何気なく中音に吟じながら奥へ奥へと歩いて行った。そういえばほんとに花園の中で鶯が寝とぼけて啼いている。犬も遠くの方で吠えている。
「顛狂スルノ柳絮ハ風ニ随ツテ舞ヒ、軽薄ノ桃花ハ水ヲ逐フテ流ル――」
 杜工部の詩を吟《うな》った時には湖水に掛けた浮き橋を島の方へいつか渡っていた。橋を渡って島へ上り花木の間に設けられてある亭《ちん》の方へ静かに歩いて行った。
 
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