氏の好奇心をそそったので、そのまま家へ連れて来て女中に使っているうちに、友人の市長に懇望され譲ってやったということだった」
「聞いてみれば何んでもありませんなあ」
 レザールは思わず呟いた。
「どうです」とラシイヌは画家を見て、「あなたがもしも小説家ならよい小説が出来ますな」
「神秘でそして幽幻で大変面白い材料です。空想画として面白い。燐光を放って走って行く、獣のような人間を、一つ油《オイル》絵で描きましょうかな」
「獣人というような題にしてね」
 ラシイヌは笑って云ったものである。
 麗《うらら》かな春の午後である。

    第二回 沙漠の古都


        六

[#天から4字下げ](以下は支那青年張教仁の備忘録の抜萃である)
 夕暮れは室へも襲って来た。卓上のクロッカスの鉢植えの花は、睡むそうに首を垂れ初《そ》めた。本棚の上に置かれてあるバスコダガマの青銅像《ブロンズ》の額の辺へも陰影がついた。隣室を劃《くぎ》った垂帳《たれまく》のふっくりとした襞の凹所《くぼみ》は紫水晶のそれのような微妙な色彩《いろあい》をつけ出した。
 壁にかけられた油絵のけばけばしい金縁の光輝《ひか
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