座へ近寄って来た。そうして四本足を折り、彼らの前へ蹲《うずく》まった。
教徒の唱える讃美の声はその時ひときわ高くなり、深沈と寂しい音楽の音は次第に急速に鳴り渡った。空間に手を上げ手を下げて何物かを熱心に招いていた彼らの中の一人が、その時その手を怪獣の背へ、電光のように触れたかと思うと、燐光の怪獣は一躍しちょうど火焔の球のように、広大な園内を一文字に門のある方へ走り出した。とその門が大きく開いて怪獣はそのまま街の方へ矢よりも速く走って行き見る見るうちに見えなくなった。
怪獣の姿が見えなくなるや音楽の音色は急に止み、十人の教徒は立ち上がった。そして動物の檻の方へ足を早めて歩き出した。手を上げて何物かを招いていたその男が先頭《さき》に立ちながら。
ラシイヌは急にしっかりとレザールの手を握ったものである。
「見たまえ、先頭のあの男を! 女中に化けて市長の家へ住み込んだのが彼奴《きゃつ》だよ」
「それでは女ではないのですね?」
レザールは驚いて訊き返した。
「なんの彼奴が女なものか。それに決して西班牙《スペイン》人でもない」
「ではいったい何者なので?」
「長く欧羅巴《ヨーロッパ》にはい
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