かなりますまい」
「それはいったいどんなことで?」レザールはかえって熱心に訊いた。
「先月の初めでございましたが、新米の女中が誤まって良人の書斎を掃除しながら、捨ててはならない紙屑を掃きすててしまったとかいうことで、良人が大変な権幕で叱りつけたことがございました」
「すててはならない紙屑を女中が掃きすてたというのですな? ハハアこいつは問題だ! 閣下が憤慨なさる筈だ! そして女中はどうしました? もちろんお宅にはおりますまいが?」
「短気な女中でございまして、叱られたのが口惜しいと云って暇を取って帰ってしまいました」
「行衛《ゆくえ》は不明でございましょうな?」
「女中の行衛でございますか。いいえ判っておりますので」
「え、何んですって? わかっている? そうしてどこにおるのですかな?」
「エチガライ様のお宅ですの――エチガライ様がその女中を最初にお世話してくださいましたので」
 レザールは元気よく立ち上がった。そうして夫人へ頭を下げ、例の微妙な微笑をして、
「奥様、ご安心なさいまし――もう怪獣はこの市中へは、決して姿は出しますまい。出さないようにいたしましょう」
 夫人もスラリと立ち
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