後も彼の身の上には、死の自動車よりも恐ろしい、奇怪な事件が頻出した。しかも、同じその夜のうちに。そしてその事件に対しては、張教仁は次のように、自分の備忘録へ書き記した。
(張教仁の備忘録)[#「(張教仁の備忘録)」は底本では1字下げ]……私は自動車から下りたけれど、あたりが余り暗いので、どうすることも出来なかった。ここは建物の中らしい。その証拠にはどっちを見ても、月影も星影も見えようともしない。そして建物は大きいらしい。どっちへ向いていくら歩いても、板にも壁にも触ろうともしない。どんなに寂しく、建物の中で、私は立っていたことだろう。私を乗せて来た自動車は、どこへ行ったか影もない。よしまたそこにいたにしても、この暗さでは解るまい。涯《は》てしも知れない真の闇が、恐怖を知らない私の心を、ようやく乱すように思われて来た。私はどんなに陽の光と、人間の声とに憧れたことか! 私は戦慄を感じながら根強く闇に立っていた。すると、意外にも、幽《かす》かではあるが、薔薇色の火光がどこからともなく、流れて来るのに気がついた。私はあたりを見廻した。何んという不可解のことだろう! ほんの今までは闇であった私の足
前へ 次へ
全239ページ中103ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング